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宇宙への思いを膨らませた半年間。工学部の「創造的ものづくりプロジェクト」とアメリカ旅行
「座学ばっか学んで自分のスキルを活かせる気がしないな、、、」「学生のうちにデッカいプロジェクトを遂行してみたいなー、、」そう思われている方はいらっしゃるのではないでしょうか?そんな方におすすめなのが工学部の創造的ものづくりプロジェクトです。
私は2026年度の前期、このプログラムのひとつである「模擬宇宙機開発プロジェクト」に参加しました。この記事では、プログラムの中身と、アメリカでの大会出場時に加えた旅行について皆さんに紹介したいと思います!
創造的ものづくりプロジェクトとは
創造的ものづくりプロジェクトとは、東大工学部が開講するプロジェクト型・体験型学習科目です。各セメスターで集中講義として履修登録することができ、修了が認められると2単位が取得できます。
特定分野の技術力に加えて、競技への参戦や事業創出、社会実装を通じてチーム運営力やプロジェクトを最後までやり遂げる力を身につけることを狙いとしています。
プロジェクトは「競技参戦型」(学生フォーミュラ、ロボット競技、飛行ロボットなど)、「技術実践型」(Webプログラミング)、「プランニング型」(ものラボ、東大ドローンプロジェクトなど)、「異文化体験型」(国際インターンシップなど)の4つに分かれています。
私は、「競技参戦型」である工学部航空宇宙工学科船瀬・五十里研究室の「模擬宇宙機開発プロジェクト」に参加しました。ざっくり言うと、半年間チームで開発を行い、大会に出場するというものです。
創造的ものづくりプロジェクトについてもっと詳しく知りたい方は、このリンクで調べてみてください!
私が参加したプログラム
- プログラム名: 模擬宇宙機開発プロジェクト
- 活動期間: 2026年4月〜9月末
- 参加した大会:
- 能代宇宙イベント@秋田県能代市 2026/8/13~15
- ARLISS@アメリカネバダ州ブラックロック砂漠 2026/9/14~17
- 募集人数: 30名ほどまで?(B2~B4までが応募可能、主にB3が参加)
- 選考: なし
- 奨励金: チームごとに開発支援金が30万円
- 費用の目安: 一人当たり約80万円(開発費約10万円、秋田交通費+宿約5万円、アメリカ航空券+宿+交通費約50万円、その他大会参加費、観光など雑多な出費15万円)
プロジェクト概要
模擬宇宙機開発プロジェクトは主に大きな分け方として、衛星開発、国内大会(能代宇宙イベント)の参加、海外大会(ARLISS)の参加の3つに分けられます。イメージとしては、大会をマイルストーンに衛星開発を進めていく感じで、大会には他大学のチームや海外団体も参加していました。国内大会は狭いフィールドで行いましたが、海外大会はアメリカのネバダ州のだたっ広い砂漠でどこかの惑星の地表を模して行われました。
以下のチャプターでそれぞれについて詳しく説明します。
衛星開発
衛星開発では、9人からなる一つのチームで衛星の機体そのものを設計する構造班、機体の電気系統を設計する電装班、機体の動作をプログラムする制御班に分かれて活動していて、僕は制御班の班長をしていました。ちなみに私たちの他にもう一チームこの模擬宇宙機開発プロジェクトに参加していたチームがありました。
プロジェクト初期
衛星開発は4月中旬から始まります。まずは概念設計から始まり、仮想の惑星に投下された衛星がどのようなプロジェクトを遂行するかを考えます。僕らのチームは惑星の地表に降り立ってから飛び立って素早く目標地点を目指すというコンセプトで、空を飛べるドローン型人工衛星の開発をすることに決めました。そこから、実際に機体の構造の設計、電気系統の設計、機体制御のフローチャート作成などを行いました。
プロジェクト中期
5月中盤~7月中盤までは実際に機体の構造や電気系統を形にし、させたい動きをじゃんじゃんコーディングで実装していくという期間でした。ドローンは都内では飛ばせないので、毎週末電車で広い千葉県の運動公園に行って実際に機体を飛ばす試験を行うことで構造、制御アルゴリズムに関して試行錯誤を重ねました。この期間から平日の授業後や休日をほぼ衛星開発に充てていた記憶があります。
この期間は「なんでうまくいくべきことがうまくいかないのか」、「なんでうまくいかなかったのにうまくいっちゃったのか」がよくわからない期間で、手さぐりで作業するような感覚があった一番精神的に辛い時期でした。また、チームでの開発は1+1=2とはいかず、認識の齟齬やキャパシティの不足によって1+1=1.2、さらには1+1=-1になっているような感覚もあり、制御班長としてはすごくもどかしい思いがありました。
その後7月終盤まではテスト期間のため一旦開発は中止しました。
プロジェクト後期
夏休みである8月から9月前半までは8月中盤に行われる能代宇宙イベントと9月中盤に行われるARLISSに向けて機体の設計や制御アルゴリズムを固め、試験でその動作を確認する期間でした。その際順調にいかず大会までに開発が間に合うのか不安を感じた時期もありましたが、チーム全体として一つのゴールが見えた状態で開発を進めていくことはとても楽しく、やりがいがあるものでした。この頃からは構造、電装、制御間を跨いで問題点について議論し合い改善していくといった横断的で双方向的なやり取りをすることができ、一つの視点のとらわれずに物事を俯瞰することができてとても有意義でした。また、大会に向けてチームワークも高まり、チームマネジメントの重要性やリーダーシップ・フォロワーシップの重要性もひしひしと痛感しました。
国内大会(能代宇宙イベント)
開発の一つ目のマイルストーンとして、秋田県能代市で行われた能代宇宙イベントに参加しました。
この大会は60m×60mほどの小さいフィールドに50mほどの高さから衛星を投下してゴールを目指すというものでしたが、私たちのチームはゴールに至る前に墜落してしまいました。
能代宇宙イベントでは模擬衛星コンペティションだけでなく、宇宙に関連する企業による説明会や他チームとの技術交流もあり、この大会期間を通じて今まで漠然としていた宇宙業界への道のりが自分の中で少しずつはっきりしてきました。
海外大会(ARLISS)
アメリカネバダ州のブラックロック砂漠で行われた、模擬宇宙機開発プロジェクトの目玉であるARLISSに参加しました。
この大会では仮想の惑星を模した砂漠フィールドで実際にロケットを打ち上げ高度4kmから衛星機体を投下し、ミッションを行いました。砂漠は本当にあたり一面何もなく、まるで異世界に来たかのような気分でとても不思議な気分だったのを覚えています。結果から言うと、私たちのチームは制御アルゴリズムのミスや機体構造の脆弱性によってミッションに失敗してしまいました。
能代宇宙イベントと同様に他チームとの技術交流会もあり、自分たちの失敗の原因を反省したり、新たな技術的挑戦の可能性を得られる良い機会になりました。結果は振いませんでしたが、「異世界」で行われた大会を通じて、衛星開発のワクワク感を肌身で感じ、宇宙開発への憧れや宇宙業界を志す決意が固まりました。
結果面では満足いかなかったものの、砂漠での共同生活は楽しく、サバイバルしているような気持ちになれて刺激的でした。また、夜になると満点の星空を眺めることができ、冗談抜きで人生で一番美しい星空を見たと思います。
アメリカ国内での移動はレンタカーでしたのですが、アメリカの右側通行ルールや、赤信号でも右折(日本で言う左折)をしていいというルールにはなかなかなれず、ハンドルを握るたびにハラハラしました。高速道路は無料でしたが、周りの車の平均速度が体感120km/h(75マイル毎時)ぐらいでめっちゃ速かったのですごく怖かったです。
アメリカ旅行!
ARLISS自体は9月中盤なのになぜ活動期間が9月末までなのだろう?と思われた方もいらっしゃるかもしれません。それは、大会終了後にアメリカを1週間旅行していたためです。このチャプターでは私たちのアメリカ旅行について解説します。
リノ
カジノの街です。アメリカは21歳以上で成人なので、21歳以上からカジノで遊べます。ちなみに私は39ドル失って43ドル手にしたので、4ドルのめっちゃしょぼい勝ちでした。

空港にもカジノがありました
ヨセミテ国立公園
言わずと知れたアメリカの雄大な自然が楽しめる国立公園です。テナヤ湖という湖がとても綺麗で圧巻でした。
自由に移動できるので基本的にはレンタカーでの訪問をお勧めしますが、山道が長く、曲がりくねっているので運転には十分注意しましょう。また、公園への入場に35ドル必要ですので、注意してください。
夜に公園の近くのエアビで食べたBBQは衛星開発の疲れを癒してくれるようで本当に美味しかったです。

テナヤ湖です
サンディエゴ
空母を見に行き、航空宇宙博物館、メキシコ風の街並みが綺麗なオールド・タウン、野生のアシカを間近で見られるラホヤコーヴなどに行きました。メキシコに近いこともありタコスがもう絶品でした。街並みはとても清潔で、日本人観光客も多かった印象です。個人的にはアメリカに1,2回行ってLAやニューヨークなどをすでに周ったことある人はサンディエゴを訪れてみるべきだと思います。

オールドタウンはさながら『リメンバー・ミー』の世界観でした
LA
リトルトーキョー、ビバリーヒルズ、グリフィス天文台をはじめとしてJPL(NASAの傘下の研究所)を訪問したり、カリフォルニアディズニーランドで遊んだりしました。JPLでは現地の日本人の研究員の方々にアポをとってお話を聞いたり、実際に施設を回ることで宇宙開発の最前線を垣間見たりすることができました。カリフォルニアディズニーは入場料は東京より3倍ぐらい高いですが、その分?人が東京よりも少なめでたくさんのアトラクションを回ることができました。男の人は誰もカチューシャを被っていませんでした笑
LAも広いので基本的にはレンタカー移動が推奨です。しかし、駐車場が少ないので路駐をする必要があります。路駐はどこにでもしていいわけではないので、側道の色や標識に注意しましょう。

お金の話
正直に書くと、2つの大会に参加した場合開発費、旅費等諸々含めた費用の合計は80万円台になりました。ちなみに、チームごとの開発費援助である30万円は一人当たり約3万円になってしまうので、焼け石に水でした。
内訳を振り返ると出費が多かった原因は明らかでした。
- 余分に部品や機器を買いすぎた:電子機器や部品は基本的に高価なので、事前に予算をしっかり作って個数管理をしておくべきだった
- 普通に旅費や交通費が高い:夏休みに二つも大きな旅行をするうえに一つは遠く離れたアメリカなので、交通費や旅費は非常にかかりました。もちろん、LCCを使うなどある程度の工夫はしました。
- 観光で奮発しすぎた:やらない後悔よりやる後悔精神で欲張り観光をしたらいつの間にかテーマパーク代、レジャー代でものすごい額が飛んでいました。でも全く後悔していません笑
出費を減らす工夫としては、旅行先では自炊する、公共交通ではなくレンタカーを用いるなどが挙げられます。
おわりに:開発は困難の連続、でも振り返ってみると貴重な日々だった
参加してみて一番よかったのは、「宇宙開発したいなー」という漠然としたイメージが実際の半年間のチームでの開発、コンペティションへの参加や他団体や企業との交流を通じて、憧れを伴った明確な宇宙へのキャリアパスに変わったことです。
開発はもちろん一筋縄ではいかないどころか基本的にはうまく行きませんし、個人の問題ではなくチームの問題である分人間力が試される部分も多くありました。しかし、それを乗り越えてチーム一丸となってプロジェクトを遂行することで宇宙開発だけに役立つわけではないスキルや精神力、人を動かす人間力が培われたと思います。
今回はメインとして私が参加した模擬宇宙機開発について紹介しましたが、他の創造的ものづくりプロジェクトでもぜひチームマネジメントの奥深さを学び、うまくいってもいかなくても全力で楽しんで開発を進んでもらえればと思います!
参考
- 2026年度 創造的ものづくりプロジェクト:https://dee.t.u-tokyo.ac.jp/course/創造的ものづくりプロジェクト、創造性工学プロ/
※本記事の掲載情報は最新ではない、または正確でない可能性があります。最新情報は必ず大学の公式ウェブサイトやUTAS等でご確認ください。
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工学部航空宇宙工学科 学科紹介
基本情報
人数 60人程度
男女比 男:女で9:1ぐらい
2Aセメスターのキャンパス 週4駒場、週1本郷
ウェブサイト こちら
どんなことを学んでいますか?
今(2Aセメスター)は古典力学と数学はもちろん航空宇宙工学の基礎となる流体力学、熱力学、プログラミング、材料力学、製図など幅広い内容を学んでいます。3年生以降で学ぶことに関しても2年生で学習した内容の積み上げのような印象です。研究室主導のものづくり研修ではグループで構造・回路・制御系を1から開発して自律的に動くロボットを作りました。
学科内の縦横のつながりは?
僕個人の体感ではあるんですけど、
10段階で言えば横のつながりが7、縦のつながりが2です。
五月祭では3年次に「宙人(そらんちゅ)」という名前で企画を毎年実施していて、飲食・物販・展示・体験など様々な分野で出展しています。2Aセメスターのものづくり研修や3SセメスターのARLISS(模擬人工衛星開発)などの研究室主導のプロジェクトもありそこでも学年内で仲を深められます。学科には学科ラインが毎年年度ごとに作られていいます。slackもありますが、主に業務連絡です。
縦のつながりは五月祭、ものづくり研修、ARLISSに参加しなければほとんどないです。
進学して良かったところは?
元々航空宇宙工学にかなり高い興味を持っていたり、経験を持っていたりする学生が多いので、刺激を受けながら勉強できるし、助け合うことができます。また、航空宇宙分野に関わる分野とはいえど、幅広い分野について学ぶことができるので将来の研究に向けて興味を広げやすいです。
研究室主導の2年次のものづくり研修、3年次のARLISS(模擬人工衛星開発)などものづくりの実力をつけられ、学科内外での横のつながりも強められるイベントが存在するので、人間関係的な面でも学業的な面でも刺激的な日々を送ることができます。
進学してきつかったところは?
幅広い分野について学ぶ分、やっぱり勉強に対するキャパは大きくなければいけなくなります。正直興味がない分野の授業もあるので、その授業の単位を取るのは精神的にもキャパシティ的にもしんどいです。また、座学の授業が多い分試験も多く難易度も高いので、試験対策にはかなりの労力が必要です。
学科を志望したきっかけは?
小さい頃からロケットや人工衛星が好きで、中高でもなんとなく航空宇宙工学を学ぶんじゃないかと思ったら結局ここまで来ました。韓国語をはじめとして言語の勉強が大好きなのですが、それは別に趣味でやればいいと思ったし、何よりも航空宇宙工学に無限の可能性とロマンを感じたため志望しました(適当でごめんなさい)。また、昨今のAIの発展などの煽りを受けて工学部の電電や電情、計数にも行こうと思ったのですが、国公立だと東大と名大ぐらいしかなく、名前に反して幅広い分野を学ぶことができる(要はAIを勉強できる研究室もある)航空宇宙工学科がいいという結論になり、航空宇宙に決めました。
進学選択で迷った学科は?
前の質問で答えたように工学部だとEEIC(電電・電情)や計数工学科で迷ったのと、言語系だと教養学部地域文化研究科で悩みました。
入る前とのギャップは?
進振り前から持っていた忙しく勉強が難しいと言うイメージそのままです。真面目な人が多いと思っていましたが、真面目なのは大前提としてちゃんと遊べている人が多く驚きました。
進学を考えている後輩に一言!
総合科目F系列の図形科学入門Aを取りましょう!進振りの第二段階で履修点が加算されるのと、各種研修や製図の授業で非常にそのスキルは役に立ちます!
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サークルを作るより、続ける方が難しかった。みそ汁サークルを立ち上げて
2026年1月、私は「東京大学みそ汁サークル」を立ち上げました。みんなでみそ汁を作り、いずれは駒場祭にも出展したい。そんな構想から始めたサークルでした。
ただ、実際に活動できたのは4月と5月の新歓3回まで。今は活動していません。振り返ると、サークルを立ち上げるところまでは進められても、それを続けていくのは思っていた以上に難しかったです。今回は、立ち上げから活動が止まるまでを振り返ります。
「卒業しても続くサークル」にしたかった
きっかけは、周りにサークルを立ち上げた人が複数いたことでした。それを見て、自分も何か作ってみたいと思いました。
テーマに選んだのが、みそ汁です。私はみそ汁が一番好きな食べ物で、具材や作り方の違いも含めて研究しがいがあると思っていました。みそ汁に特化したサークルも、少なくとも私は聞いたことがありませんでした。
いろいろなみそ汁を作って検証したり、他のサークルとコラボしたり、秋の駒場祭で販売したり。「みそ汁と言えば東大」と言われるようになりたい、世界にみそ汁を届けたい、とまで考えていました。
そこは夢に近かったですが、本気で考えていたのは、自分が卒業しても続くサークルにすることでした。
副責任者はいた。でも、結局ほぼ一人で動いていた
最初は、授業で話したときに「面白そう」と言ってくれた人と2人で始めました。その人には副責任者になってもらいました。
ただ、相手が忙しかったこともあり、実際の活動にはほとんど参加していません。2026年に入ってからは一度も顔を合わせておらず、結果的には副責任者として名前を貸してもらっただけのような状態になりました。
もともと仲の良い友人ではなく、たまたま授業が一緒になった人だったので、こちらから仕事を頼むのも難しかったです。運営はほぼ一人で進めていました。
私は別のサークルで新歓担当をした経験があります。それでも、すでにあるサークルの新歓と、何もないところから新しいサークルを作るのは全く違いました。「これはいけそうだ」という感覚はなく、戸惑いしかありませんでした。
今振り返ると、打ち合わせも兼ねてご飯に誘うくらいはすればよかったと思います。副責任者だけでなく、もっと早い段階で他の人も巻き込みたかったです。
好きな具を聞いて、3回のみそ汁新歓を開いた
1月に新歓へ申し込み、テント列とサーオリに当選しました。その後、4月と5月に計3回、目黒区内の住区センターで新歓を開きました。
毎回、参加者に好きなみそ汁の具を聞き、それをもとに私が買い出しに行きました。人気だったのは、とうふ、わかめ、ねぎ、なめこなど。参加者と一緒にみそ汁を作り、ご飯も炊いて食べました。
私はみそ汁作りには慣れていたので、調理中はある程度指示を出しながら、一緒に手を動かしていました。
参加人数は、記憶では1回目が8人ほど、2回目が5人ほどだったと思います。ただ、ここは正確には覚えていません。
3回目は、自分を含めて3人でした。
3回目は3人。追加募集をしても増えなかった
3回目の参加者は、私と新入生2人でした。参加フォームを集計していたので、開催前から人数が少ないことは分かっていました。
「あまりにも少なくてまずい」と思い、公式LINEでもう一度募集しました。
「今回の新歓は参加者が少なくなっています。大学・学年問わず、参加を歓迎しております。友人を連れてくるなども大歓迎ですが、その場合もフォームの記入をよろしくお願いします。」
それでも参加者は増えませんでした。全然集まらなくて、かなり焦りました。
新歓自体は予定通り開催しました。ただ、自分を含めて3人しか来なかったことで、ここでかなり気持ちが切れてしまったのだと思います。
その後も「時間があるときに、6月くらいにまたできたらいいな」とは考えていました。でも、「また人が集まらなかったら」と思うと憂鬱でした。
入りたい人はいた。それでも次の活動まで進めなかった
新歓では、「入ります」と言ってくれた人も6人くらいいました。ただし、名簿を作ったり名前を控えたりしていたわけではありません。
新歓に来てくれた人には公式LINEを追加してもらっていて、「また活動に参加してね。そのうち入会フォームを作るから、それを記入して入会してね」と伝えていました。本入会の段階になったら、公式LINEでフォームを案内するつもりでした。
一方で、運営では日程調整、場所取り、参加フォームの作成、参加者の集計、食材の購入、告知作成などを一人でやっていました。「次に何をするか」「いつ、どこでやるか」も自分で決めなければなりません。
自分自身が忙しかったこともあり、だんだん準備すること自体が面倒になりました。そこに「また人が集まらなかったら」という気持ちも重なって、次の活動を企画しないまま止まりました。
今年の駒場祭への出展も考えていましたが、そこまで活動を続けることはできませんでした。実質一人で運営していたことや、3回目の新歓を経てやる気が落ちていたこともあり、出展に向けて動くところまでは進みませんでした。
もう一度やるなら、最初に「運営する人」を集める
もしもう一度サークルを立ち上げるなら、最初にやるのは協力者探しです。
実際に一緒に運営する人を集め、そのメンバーだけで一度ご飯に行って、決起集会のような場を作りたいです。そこでそれぞれの担当を決め、私は全体を見るリーダーになる。さらに、定期的にオンラインで定例を開き、タスクやスケジュールを整理しながら進めたいと思います。
今回のサークル立ち上げは、私の中では失敗でした。駒場祭に出展するところまで行けず、自分が卒業した後も続くサークルにするという目標にも届いていません。
それでも、自分で一からやってみたことで、サークルを作ることの難しさは分かりました。
失敗だったけど、いい経験になった。今はそう振り返っています。
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理科二類で入学、気づけば文転し長期インターン漬けだった話
「東大に入ったら、最先端の研究ができる」
理科二類で入学したとき、僕もぼんやりそう思っていました。でも実際の大学生活は、想像とはだいぶ違うものになりました。今回は、研究より長期インターンに軸足を置いていた僕の話と、いま振り返って思うことを正直に書きます。
理二で入学、でも研究にのめり込めなかった
入学当初は、周りと同じように理系の道を進むつもりでした。
ただ、授業が進むにつれて、少しずつ違和感が出てきました。周りには本当に理系分野が好きで、放っておいても勉強してしまうような人たちがいる。彼らと比べたとき、理解度以上に、熱量に差があることを感じるようになりました。
「自分はこの分野を突き詰めたいんだろうか」。そんな疑問を抱えたまま、研究への足は自然と遠のいていきました。
軸足は長期インターンへ
そんな僕が力を入れるようになったのが、長期インターンでした。
インターンの世界は、手を動かせば成果が出るし、成果が出れば評価される。研究で感じていたモヤモヤとは対照的に、手応えがはっきりある環境でした。ここでの手応えが楽しくて、気づけば生活の中心はインターンに。研究や勉強の優先順位は下がっていき、結局、僕はそのまま文転する道を選びました。
よかったこと:「新卒1年目」を先取りできた
この選択に、良い面はたくさんありました。
長期インターンでは、ビジネスメールの書き方から、タスクの進め方、報連相、成果へのコミットの仕方まで、普通なら新卒1年目に叩き込まれるようなことを、学生のうちに一通り経験できました。
就活でも、これは明確に効きました。語れる経験があるだけでなく、「働くとはどういうことか」の解像度が高い状態で企業選びや面接に臨めたのは、大きなアドバンテージだったと思います。
それでも思う。「研究」をもっとやっておきたかった
ただ、いま振り返ると、別の感情もあります。
研究とは、営利目的ではなく、純粋に好奇心を突き詰める行為です。「役に立つか」ではなく「面白いか」「知りたいか」だけを基準に、一つの問いを深く掘っていく。そんな時間が許されるのは、人生の中でも大学というごく限られた期間だけです。
当時の僕は、その楽しさに気づけていませんでした。のめり込めないからと早めに距離を置いてしまい、研究の面白さを味わう手前で降りてしまった。社会に出ることを先取りするより、社会に出たらできないことをやっておく。そういう考え方もあったのではないかと、いまになって思います。
過去の自分に言うなら、「研究、もうちょい頑張ってみたら」
もしタイムマシンがあって、当時の自分に一言かけられるなら、こう言います。
「研究、もうちょい頑張ってみたら」
インターンをやめろとは言いません。あの経験が就活やその後に活きたのは事実だからです。ただ、もう少しだけ研究に向き合ってみてもよかった。その先に、好奇心を突き詰める楽しさが待っていたかもしれないから。
これが一般論として正しいのかは、正直わかりません。インターンに全振りして成功する人もいれば、研究に没頭して道を拓く人もいます。ただ、少なくとも僕にとっては、「やらなかった後悔」が残ったのは研究のほうでした。
いま同じような状況にいる人——研究にのめり込めず、別の場所に居場所を見つけつつある人——には、この記事が進路を考える一つの材料になれば嬉しいです。
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講習を3つしか取らなかった浪人生が東大に受かるまで
東大生と聞くと、毎日何時間も机にかじりついて、参考書を積み上げて、夏期講習も冬期講習もフルで申し込んで、という姿を想像する人が多いのかもしれません。僕自身、浪人を始めるまではそんなイメージを持っていました。
でも実際にやってみると、僕の一年間はずいぶん違うものになっていた気がします。理科二類の2年生で、地方の公立高校出身です。大手予備校で一浪して東大に入りましたが、夏期講習は3つしか受けませんでした。周りの人が講習を重ねる中、空いた時間は自習に充てていました。
受験勉強に「これが正解」と言える方法はないと思います。ここで書くのは、あくまで一人の人間の体験談です。「こんなやり方の人もいるんだ」くらいの気持ちで読んでもらえたら嬉しいです。
夏期講習は3つだけで、それでも後悔しなかったのは自習に手応えがあったから
経済的な事情もあって、夏期講習の受講数はかなり抑えました。チューターの方から受講を強く勧められることもそれほどなかったので、結果的に夏も冬も3つずつくらいになりました。これはおそらくかなり少ない部類だと思います。
空いた時間は、授業テキストの復習に使いました。これが後悔しなかった一番の理由だと思っています。
単語帳をやめて、授業テキストのメモ帳を持ち歩くようにした
英語の勉強で一番変わったのは、単語帳を使うのをやめたことかもしれません。
代わりにやっていたのは、授業で扱った長文に出てきた知らない単語や語法を、メモ帳サイズの小さいノートに書き写していくことです。単語だけを抜き出すのではなく、その文章でどんなふうに使われていたかを自分の言葉で添えて書いていました。
電車の中でも、昼ごはんを食べながらでも、そのノートをよく開いていました。単語帳と何が違うのかと言われると正直うまく説明できないのですが、「あの文章でこんな使われ方をしていた」という記憶の引っ張り出し方が、僕には合っていた気がします。長文を読むときも、どこかで見た単語に自然と気づけるようになっていった印象があります。
地理と現代文の授業を切って、代わりに自習室に行っていた
授業をほぼ全部出ていた一方で、2つだけ切っていた授業があります
一つは、校舎内で多く設定されていた現代文の授業のうち、東大形式ではなく地元の大学向けに近い内容のもの。形式が違うなと感じたので、その時間は自習に回していました。
もう一つは共通テスト地理で、延長が多いうえに地理は高校時代にすでに得意だったので、途中から行かなくなりました。
それ以外は、体調不良や外せない用事を除いてほぼ全部出ていたと思います。
「授業はすべて出席するべきだ」とよく言われるし、それはそうだとも思うのですが、全部の授業が自分に合っているとは限らない、というのが正直な感想です。ただ、これは地理が得意だったからできた判断で、誰でも同じようにしていいということではないと思います。
リスニングだけは、市販の参考書を毎日少しずつ使っていた
予備校の授業でリスニングはほとんど扱われなかったので、ここだけは自分で参考書を用意しました。東大のリスニングには苦手意識があったので、毎日少しずつ進めることにしていました。
やり方は、問題を解くというよりも同じ音源を何度も聴く、という感じです。解いた後にオーバーラッピングをして、シャドーイングをして、少しスピードを上げてもう一度聴く。同じ文章を繰り返し英語に慣れることを意識していて、単語を潰すよりも全体の意味をとらえることとスピードに慣れることを優先していました。
どの参考書だったか、書名が今すぐ出てこないのが申し訳ないのですが、東大英語のリスニング対策として市販されているものを使っていたと思います。
まとめ
朝7時に起きて、8時ごろに家を出て予備校へ向かう。授業を受けるか自習をして、20時ごろに切り上げて帰る。冬は昼食後に眠くなるので、11時にひとまずおにぎりを食べて、お弁当は16時ごろに回す。友人と昼ごはんを食べたり、休憩スペースでとりとめのない話をしたりする。そういう一年でした。
「効率的な浪人生活」と呼べるものかどうかは、正直よく分からないままです。単語帳を使わず、模試のあとは数日それだけに使い、数学は時間を決めずに考え続ける。夏も冬も講習は少ししか取らない。誰かに勧められてやっていたというより、やってみてしっくりきたものを続けていただけで、それが積み重なって一年になった、という感覚があります。
ただ、英語の復習と模試の消化については今でも「やってよかった」と思っています。それから、数学で分からない問題から逃げずに向き合い続けたこと。苦手なものと向き合うのは気持ちのいいものではないですが。
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2026A 総合科目おすすめ授業7選
2026年度も後半戦、Aセメスターに差し掛かりました。1年生は総合科目で何を取ろうか悩んでいる頃だと思います。
今回は先日東大メディアのInstagramでも紹介した2026年度Aセメスターのおすすめ総合科目を紹介します。楽単さ、面白さ、得点期待の3つの観点で評価しているので、ぜひAセメスターの履修の参考にしてみてください。
※口コミは東大メディアのホームページUTReviewsから抜粋しています。
1. 認知脳科学(石金 浩史)

まず紹介するのは、D系列の認知脳科学です。脳科学の観点から人間の認知について学ぶことができ、毎年人気を集めています。また、講義の形式を対面、オンライン、オンデマンドから自由に選択でき、成績評価も◯×形式のテスト一本であることから、効率よく単位を取ることができる授業でもありおすすめです。
2. スポーツ・身体運動実習Ⅱ

次に紹介するのはスポ身の実習の授業です。この授業は冬休みにスキーやスノーボードをしに行くと単位がもらえるので、冬休みのレジャーと単位取得を兼ねられる非常に魅力的な授業です。ウィンタースポーツが未経験でも心配する必要はありません。希望者が多いと未経験者や初級者を優先的に抽選します。ただし、10/9にガイダンスがあるので注意しましょう。
3. 社会システム工学基礎Ⅱ

3つ目の授業は社会システム工学基礎Ⅱです。この授業では交通の専門家が技術や政策課題について講義をする授業で、出席はありません。2授業選んでレポートを書けば単位を取得できます。また、興味のある回に2回だけ参加すればあとは自由に自分の予定を入れられるので、忙しい毎日との相性は抜群です。
4. 物理科学Ⅱ(文科生)(鳥井 寿夫)

次に紹介するのは物理科学Ⅱ(文科生)です。この授業では文科生が楽しい実験を通じて物理に触れることができます。物理基礎選択でなくても十分に内容は理解できますし、成績評価は毎授業のリアペと簡単なクイズ、実験への参加だけなので単位取得も簡単です。文科生でE,F系列何を取ろうか悩んでいる人はぜひ物理科学Ⅱ(文科生)を選んでみてはいかがでしょうか?
5. 宇宙科学Ⅰ(諏訪 雄大)

5番目の授業は宇宙科学Ⅰです。この授業は教授がとても熱心で面白く、自然とこちらも宇宙に興味を持たざるをえなくなるような魅力がある授業です。そのため、宇宙好きや宇宙に興味がある人にはとてもおすすめです。成績評価は中間レポート、期末試験、毎授業のクイズによって行われます。
6. アジアでがんを生き延びる 困難がひらく邂逅(河原 ノリエ)

こちらは総合科目ではなく主題科目になります。この授業はYoutubeでオンデマンドで受けることが可能で、著名人も毎回登壇することが魅力です。成績評価は簡単なリアぺと最終レポートのみなので、有名な人の話を聞いてみたいという人には特におすすめです。
7. 現代工学概論、環境・エネルギー工学概論、物質・生命工学概論、情報・システム工学概論

少し見出しが長くなってしまいましたが、最後に紹介するのはこちらの工学概論シリーズです。この授業の1番の魅力は、進振りで工学部の学科を希望する際に履修点がつくことでしょう。もちろんそれだけではなく、講義の内容が工学部の学科選択の決め手になることもとても多いというのがこの授業の魅力でしょう。工学概論シリーズはすべてAセメスターのみの開講なので、このチャンスを逃したら次は履修するチャンスはないかもしれません。迷ったら履修することをお勧めします!
授業の口コミ、おすすめ度がわかるのはUTReviews!これを見れば進振りで一歩前に出ること間違いなし✨気になった方は今すぐにHPをチェック💨
※本記事の掲載情報は最新ではない、または正確でない可能性があります。最新情報は必ず大学の公式ウェブサイトやUTAS等でご確認ください。
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工学部 システム創成学科Cコース 学科紹介
基本情報
人数 50人程度
男女比 男:女 = 10:1ぐらい
2Aセメスターのキャンパス 週5駒場
ウェブサイト こちら
どんなことを学んでいますか?
AIや機械学習などを学びます。経済学のような社会科学も時々受けることになります。学科全体として授業に向かう姿勢が強くない印象を受けますが、就活やビジネス感度の高い学生が最も集まっている学科です。研究室配属後には専門性が得られるようですが、3Aまでは広範な内容を浅く学んでいる感じは否めないです。
学科内の縦横のつながりはどれくらいですか?
僕個人の体感ではあるんですけど、
10段階で言えば横のつながりが7、縦のつながりが2です。
五月祭では3年次にそれぞれのコースが企画出展することが多いです。また、年に2回ほどシス創交流会と題して、学科の先輩との懇親会のようなものも非公式ですが開催されます。
進学して良かったところはありますか?
就活とビジネス感度が皆とにかく高いです。また、AIの使いこなしも非常に感心します。将来につながる人脈がここでできているような感じがします。また、実学的なので、アカデミアっぽいことをやりたくないが、一応理系という感じも自分は結構好きです。
進学してきつかったところはありますか?
専門性が本当に得られているかが甚だ疑問です。また、勉強の熱意は全然感じられないです。授業中もみんな先生の話は聞いていない印象を受けます。
なぜその学科を志望したのですか?
AI系のことをやりたかったし、東大に入ってゴリゴリの理系教科に嫌気がさしたので、社会科学っぽいところを選びました。
進学選択に際して迷った学科はありますか?
他のシステム創成学科。
進振り前に抱いていたイメージは、進学後に変わりましたか?
2Aは確かに忙しかったです。授業がこの時期だけは多くなると聞いていたためです。しかし、レポート提出で点数が決定する授業が多く、負担は小さかったです。あと、出席がほぼ全授業必須で本当にきつかったです。
進学を考えている後輩に一言お願いします。
理系だけど、社会科学的なことをしたかったらぜひ!しかし、アカデミアがやりたい人は少し向いていない可能性もあります。どうしても2,3年生の間は実学的な内容の授業ばかりでモヤモヤすることが多かったので、研究室振り分けまで見据えて選ぶと後悔なく3年生の間も過ごせると思います。授業以外の課外活動を頑張る人が多い印象なので、そんな人もぜひ進学してください!
※本記事の掲載情報は最新ではない、または正確でない可能性があります。最新情報は必ず大学の公式ウェブサイトやUTAS等でご確認ください。
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東大合格者は「効率より地道」だった――自作単語帳と3日間の模試復習が教えてくれたこと
東大生の勉強法というと、「分厚い単語帳を隅々まで暗記している」「無駄な時間は一切省いて、とにかく効率重視」というイメージを持っている人が多いかもしれません。僕もそういうものだと思っていました。少なくとも、受験生のころの僕は。
でも実際には、そのイメージとはけっこう違うやり方で東大に来ました。市販の単語帳は網羅しようとせず、模試が終わったあとは3日間ずっと復習に充てることもありました。効率的かどうかで言えば、よく分かりません。
これはあくまで一人の体験談なので、「こんな人もいるんだ」くらいの気持ちで読んでもらえると嬉しいです。
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模試が終わったその日に自習室へ向かって、東大型の模試なら3日間かけて復習することもあった
模試が終わると、僕はその日のうちに高校か予備校の自習室に移動して、復習を始めていました。
それまで問題集や過去問に使っていた勉強時間も、すべて模試の復習に回します。東大の二次試験形式の模試では、3日ほどかけることもありました。
以前の僕は、間違えた問題の解説を読んで「なるほどな」と思えば、それで復習は終わりでした。でも、それだけでは同じところでまたつまずく。「分かった気になる」と「実際に解ける」のあいだには、思っていたより大きな溝があったと思います。
だから復習のやり方を変えました。長文で引っかかった箇所があれば、まず自分で辞書を引いて「こういう意味ではないか」という仮説を立てる。その仮説が正しいか確かめるために、最後に解説冊子を開きます。時間が足りなかった問題は、模試後に時間無制限で答えまで出しきる。そして「なぜ時間が足りなかったのか」まで考えます。計算が複雑になりすぎたのか、途中でミスをしてやり直したのか、原因はそれぞれ違うので。
せっかく本気で向き合った問題だから、「全部の蜜を吸う」つもりで復習していました。
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覚えられなかった単語だけを、手のひらサイズのメモ帳に書き続けた
英単語は、自作の単語帳を使っていました。高校の先生に勧めてもらったのがきっかけです。
手のひらサイズのメモ帳の左側に英単語、右側に日本語。それだけです。市販の単語帳から分からない単語を写していくのではなく、授業・模試・過去問・問題集で実際に読んだ文章の中で、理解できなかった単語だけを書き込んでいました。
大事にしていたのは、網羅しようとしないことでした。
後からその単語を見ると、「あの文章でこんなふうに使われていたな」という記憶と一緒によみがえってくる。単語帳にはそのメモは書いていないのですが、文脈ごと残っている感じがして、僕に
は合っていたようです。
単語帳は実際には2冊使っていて、最初に書き込む用のものと、その中でもなかなか覚えられない単語だけを抜粋したものがありました。完璧に覚えたと思った単語は消して、また新しいものを書き足す。電車の中や食事中、テスト直前にもよく見ていました。
それが正解だったのかは、今も正直よく分かりません。もっと体系的に覚えた方が良かったのかもと思うこともあります。
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数学は、手詰まりになるまで考えることを自分に課していた
数学では、答えが出せなくても、できるだけ自分の頭で考え続けることを大切にしていました。
以前は問題を解いて解説を読み、「分かった」と思ったら終わり。でも同じミスを繰り返すうちに、それでは意味がないと気づきました。
だから練習では、手詰まりになるところまで考えることにしました。何分考えたら答えを見る、という明確なルールは作りませんでした。「もうこれ以上は出てこない」と感じるまで粘る、というくらいの感覚です。
正解までたどり着けなくても、本気で考えた後なら「自分に何が足りなかったのか」を分析できます。方針が思いつかなかったのか、整理できなかったのか、場合分けを見落としたのか、計算ミスなのか。同じ「解けなかった」でも、原因はまったく違う。そこを曖昧にしたまま次の問題に進んでしまうのが、かつての僕の悪い癖でした。
「解けなかったのが悔しい」「次は絶対に速く解いてやる」と思えるくらい問題にのめり込む。定番のアドバイスとしては「効率よく多くの問題をこなすべき」というものをよく聞きますが、僕には合いませんでした。一問にかける時間が長くなっても、その分だけ深く刻まれる感覚があって、そっちの方が力になったと思っています。
地道にやることが、僕には合っていたのかもしれない
振り返ると、自作の単語帳も、数学で粘ることも、模試をすぐ復習することも、全部「その場しのぎにしない」という点では同じだったと思います。効率よく多くをこなすというよりは、一つの問題に対して自分がどこで詰まったのかを確かめながら進む。そういう感覚です。
これが速いやり方かと言われると、そうじゃないかもしれません。一問に長い時間をかけるわけですし、模試の復習に3日使ったら、その分だけ問題集は進まない。東大を目指すなら効率重視が当然、というイメージとは、だいぶ違うと思います。でも僕には、こっちの方が合っていました。
「分かった気になる」のをやめようと意識し始めたのがいつだったのかは、正直よく覚えていません。気づいたらそうなっていた、という感じです。
受験生のころの僕に言えることがあるとすれば、やり方は一つじゃないということです。合う方法は人によって違うと思うので、この記事を読んで「自分はこうじゃなかった」と感じた人も、それはそれで正しいのかもしれません。
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工学部電気電子工学科 学科紹介
基本情報
人数 60人程度
男女比 男:女で9:1ぐらい
2Aセメスターのキャンパス 週5駒場
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どんなことを学んでいますか?
電気系と情報系の両方を学べます。量子力学やソフトウェア、回路設計など、扱う分野は幅広いです。プログラミングの基礎から学べる授業もあれば、はんだづけから始める実験もあり、いろいろな分野を体験したうえで研究室を選べます。
研究室では回路設計の研究をしています。設計した回路のシミュレーション評価やチップへの実装などで、成果を出している人が多いです。
学科内の縦横のつながりは?
学科内の横のつながりは、10段階中3〜7と学年によって差があります。縦のつながりは10段階中3で、上下の交流はあまり多くありません。
進学して良かったところは?
情報系と電気系の授業を取れるので、ソフトとハードの両方について知識を得られるところです。例えば、普段何気なく使っているスマホについても、ソフトウェアから回路設計、それを構成する半導体素子や材料まで学べます。現代の技術を理解するための教養が身につくと感じました。
研究室も、量子力学を用いた物性系から電力・制御系まで幅広く、進学後の授業や実験を通して、自分の興味に合った分野を選びやすいです。実験は電情・電電合同で、さまざまな設備を使えるのも面白いです。情報系の授業でも基礎から教えてもらえるのはありがたいです。
進学してきつかったところは?
2Aと3Sはとにかく忙しいです。 2Aは1限を含めて必修がかなり多いうえに、各授業で重めの課題も出るので、試験勉強にはかなり時間をかける必要があります。3Sは週3回の実験があり、レポートも含めて負担が大きいです。
また、研究室の振り分けには成績が使われるので、人気の研究分野を目指す場合は、しっかり点を取らなければならないのも大変でした。試験やレポートのことを考えずに、気になった講義を取りまくっていたため、試験前は忙しかったです。
学科を志望したきっかけは?
もともとコンピュータ関連の分野に興味がありました。教養課程で総合科目などを受講するうちに、半導体について学びたいと考えるようになり、電電を第一志望にしました。理情や計数、マテ工、物工なども考えましたが、電電は応用寄りで、扱う内容が比較的分かりやすいと感じたところに魅力がありました。
具体的に進みたい分野はまだ決まっていなくても、情報系は面白そうだし就職にも強そうだと考え、成績も踏まえて、それに近い電電を選んだ人もいます。
進学選択で迷った学科は?
電子情報工学科、計数工学科、理学部情報学科、物理工学科、マテリアル工学科と迷いました。
入る前とのギャップは?
進振り前はかなり忙しいと聞いていましたが、実際にそうでした。ただ、周りにはうまく立ち回って自分の時間を確保している人も多い印象です。
横のつながりは思っていたより強く、人数が多くても、みんなで助け合って単位を取ろうという環境があるのは良かったです。一方で、つながりが強いと聞いていたほどには知り合いが増えなかった人もいて、感じ方には差があると思います。
進学を考えている後輩に一言!
現代の技術の根幹となる、さまざまな研究室を選べます(成績によるけど)。ハードですが、得られるものはあると思います!
ただ、電電から電情の研究室へ行くのは、多少難しい場合があるかもしれません。進学前に、どちらの学科の研究室に行きたいかを少し考えておくと良いと思います。
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東大合格で自信は変わった?
東大合格で自信は変わった?——「個人戦の自信」と「チーム戦の自信」は別物だった
「東大に受かったら自信がつきますか?」
受験生からよく聞かれる質問です。結論から言うと、確実に変わりました。ただし、変わった自信と変わらなかった自信があります。今回はその両方を正直に書きます。
変わったこと①:「一つやり切った」という成功体験
まず大きかったのは、人生で初めて明確な成功体験を踏めたことです。
高い目標を掲げ、長期間それに向かって準備し、結果を出す。この一連の流れを一度経験できたことで、「自分は目標を達成できる人間だ」という土台のようなものができました。この土台は、その後何かに挑戦するときに毎回効いてきます。
変わったこと②:「コツコツ続けられる」という自信
受験勉強は、派手なひらめきよりも地道な反復の積み重ねです。毎日決めた分を淡々とこなし、できなかった問題を潰し、少しずつ穴を埋めていく。
この過程を通じて、「自分は地道に努力し続けることが得意だ」という自信がつきました。あわせて、「努力すれば高い目標にも手が届く」という実感も得られました。これは根拠のない自信ではなく、実際に一度やってみて確かめた実感なので、簡単には揺らぎません。
変わらなかったこと:「人と協力する」自信
一方で、人と協業することへの自信は、東大合格では特につきませんでした。
考えてみれば当然で、受験は徹底した個人戦です。自分で計画し、自分で勉強し、自分で答案を書く。誰かと役割分担をしたり、意見をすり合わせたり、チームとして成果を出したりする場面はほとんどありません。
つまり東大合格は「個人戦が得意である」ことの証明にはなっても、「チーム戦が得意である」ことの証明にはならないレースだったのです。
その結果、就活ではややビハインドした
このギャップは、就活で明確に表面化しました。
企業が見ているのは、個人の学力よりも「他者と協力して成果を出せるか」です。グループディスカッションやチームでの課題では、個人戦で培った自信がそのまま通用するわけではなく、正直なところ、周囲に比べてやや出遅れていると感じる場面がありました。
「東大に受かったのだから何でもできる」と思っていたら、そうではなかった。この気づきは、少し痛いものでした。
それでも最終的に効いたのは、受験で身につけた「基本動作」
ただ、ここで受験の経験が別の形で効いてきました。
チーム戦が苦手だと分かったなら、学んで、努力して、改善する。受験で身につけたこの基本動作を、そのままチーム戦にも適用したのです。うまくいかなかったグループワークを振り返り、何が足りなかったかを言語化し、次の場で試す。これを繰り返すうちに、少しずつ手応えが出てきました。
そして何より大きかったのは、「苦手なことでも、学び・努力・改善のサイクルを回せば伸びる」ということを、受験に続いて二度目に実感できたことです。個人戦で得た自信が、チーム戦という別のフィールドでも再現できると分かった。これは東大合格そのもの以上に、大きな収穫だったと感じています。
まとめ:東大合格で得られるのは「努力の再現性」への自信
東大合格で自信は変わります。ただしそれは「自分は何でもできる」という万能感ではなく、「自分は目標に向かって努力し、改善し、達成できる」という、努力の再現性への自信です。
その自信が直接カバーしてくれない領域(たとえばチーム戦)は必ずあります。でも、そこで身につけた基本動作は、どの領域にも持ち込めます。受験生の皆さんには、合格そのものだけでなく、その過程で身につく「やり方」にも価値があることを覚えておいてほしいと思います。
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工学部社会基盤学科B(政策・計画コース) 学科紹介
基本情報
人数 20人程度
男女比 男:女で7:3ぐらい
2Aセメスターのキャンパス 週1駒場・週4本郷
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どんなことを学んでいますか?
土木工学(橋・コンクリートなど)がメインです。
2Aの段階では数学や物理に関する理系的な内容が多いですが、社会的に意見が分かれるテーマ(地方赤字路線の存廃など)について学科のメンバーで討論する授業もあります。
その意味で、理系と文系両方の視野が必要になりそうです。具体的には、理系分野では流体力学や情報計算など、人文的・実践的分野ではインフラと社会の関わりなどが学べます。
また、橋の模型を制作したり、コンクリートを練って実験をしたりと実際に手を動かすことも多いのも魅力の一つです。
学科内の縦横のつながりは?
学科内の横のつながりは、10段階中9でかなり繋がりが強く、縦のつながりは10段階中2であまり上下間の交流はありません。
進学して良かったところは?
進学する前からインフラ系に興味を持っている人が多く、そこが共通の話題となって友だちを作りやすいです。「基礎プロジェクト」という授業で、数千個の部品からなる橋の模型を作ります。そこでは学科のみんなで一致団結するので、交流が生まれるし、距離が縮まります。将来の仕事で必要になる、役割分担や調整の仕方を学ぶこともできます。
そのほかの授業も、複数の授業で似た内容を同時並行で行うことで、良い復習になり、項目ごとの繋がりを考えることもできます。最終的には数学の重要性に気づき、数学が好きになりました。
進学してきつかったところは?
2A1タームが特に大変でした。流体力学や構造力学など、難しい理系科目を同時に勉強しなければなりませんでした。
理系科目の中には殺人的な進度・難度のものもあり、文系から進学した人はかなり苦しんでいた印象です。
また、期末試験の時期がちょうど駒場祭と重なっていて、その時期は非常に忙しかったです。(ただし、これは工学部ならどこも同じだと思います)
学科を志望したきっかけは?
高校の時から、地図を見るのが好きで、鉄道や道路などの交通網の形成に関心がありました。また、政治や経済にも強い興味を持っていました。これに関係する学科は、社会基盤学科と都市工学科の2つです。社会基盤学科の方がスケールが大きく、国家規模の(時には国際的な)議論をできること、学べる分野の幅が広いことに魅力を感じました。
また、社会基盤学科・都市工学科双方の先生や先輩にお話を伺い、模型製作を通じてデザインやイメージを重視する都市工学科と、数学に基づいた緻密な議論を展開する社会基盤学科では、後者の方が自分に合っていると考えました。
進学選択で迷った学科は?
工学部都市工学科都市計画コースと迷いました。
入る前とのギャップは?
思っていたよりも忙しいです。橋の模型完成締め切り前・期末試験の前は徹夜しました。また、2Aセメスターでは、国家の大事を語るというよりも手元の技術的な基礎を実直に学ぶ授業が多いです。自分でコンクリートを製作し、性質を実験する課題は大変でした。
また、想像以上に男子の割合が多かったのもギャップでした。
良い意味のギャップは、学生団体を運営するなど課外活動にも熱心な学生が多いことです。話すだけで視野を広げられる環境です。また、Cコースに関する授業では、国連や国際協力について深く学ぶことができ、これも予想外のことでした。
進学を考えている後輩に一言!
興味のある主題科目をとりまくったり、教養学部のお知らせに出てくる色々な学内イベントに参加したりしましょう!東大は出会いの質に恵まれている場所です!もしかすると自分の知らない世界があるかもしれません。
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宇宙への思いを膨らませた半年間。工学部の「創造的ものづくりプロジェクト」とアメリカ旅行
「座学ばっか学んで自分のスキルを活かせる気がしないな、、、」「学生のうちにデッカいプロジェクトを遂行してみたいなー、、」そう思われている方はいらっしゃるのではないでしょうか?そんな方におすすめなのが工学部の創造的ものづくりプロジェクトです。
私は2026年度の前期、このプログラムのひとつである「模擬宇宙機開発プロジェクト」に参加しました。この記事では、プログラムの中身と、アメリカでの大会出場時に加えた旅行について皆さんに紹介したいと思います!
創造的ものづくりプロジェクトとは
創造的ものづくりプロジェクトとは、東大工学部が開講するプロジェクト型・体験型学習科目です。各セメスターで集中講義として履修登録することができ、修了が認められると2単位が取得できます。
特定分野の技術力に加えて、競技への参戦や事業創出、社会実装を通じてチーム運営力やプロジェクトを最後までやり遂げる力を身につけることを狙いとしています。
プロジェクトは「競技参戦型」(学生フォーミュラ、ロボット競技、飛行ロボットなど)、「技術実践型」(Webプログラミング)、「プランニング型」(ものラボ、東大ドローンプロジェクトなど)、「異文化体験型」(国際インターンシップなど)の4つに分かれています。
私は、「競技参戦型」である工学部航空宇宙工学科船瀬・五十里研究室の「模擬宇宙機開発プロジェクト」に参加しました。ざっくり言うと、半年間チームで開発を行い、大会に出場するというものです。
創造的ものづくりプロジェクトについてもっと詳しく知りたい方は、このリンクで調べてみてください!
私が参加したプログラム
- プログラム名: 模擬宇宙機開発プロジェクト
- 活動期間: 2026年4月〜9月末
- 参加した大会:
- 能代宇宙イベント@秋田県能代市 2026/8/13~15
- ARLISS@アメリカネバダ州ブラックロック砂漠 2026/9/14~17
- 募集人数: 30名ほどまで?(B2~B4までが応募可能、主にB3が参加)
- 選考: なし
- 奨励金: チームごとに開発支援金が30万円
- 費用の目安: 一人当たり約80万円(開発費約10万円、秋田交通費+宿約5万円、アメリカ航空券+宿+交通費約50万円、その他大会参加費、観光など雑多な出費15万円)
プロジェクト概要
模擬宇宙機開発プロジェクトは主に大きな分け方として、衛星開発、国内大会(能代宇宙イベント)の参加、海外大会(ARLISS)の参加の3つに分けられます。イメージとしては、大会をマイルストーンに衛星開発を進めていく感じで、大会には他大学のチームや海外団体も参加していました。国内大会は狭いフィールドで行いましたが、海外大会はアメリカのネバダ州のだたっ広い砂漠でどこかの惑星の地表を模して行われました。
以下のチャプターでそれぞれについて詳しく説明します。
衛星開発
衛星開発では、9人からなる一つのチームで衛星の機体そのものを設計する構造班、機体の電気系統を設計する電装班、機体の動作をプログラムする制御班に分かれて活動していて、僕は制御班の班長をしていました。ちなみに私たちの他にもう一チームこの模擬宇宙機開発プロジェクトに参加していたチームがありました。
プロジェクト初期
衛星開発は4月中旬から始まります。まずは概念設計から始まり、仮想の惑星に投下された衛星がどのようなプロジェクトを遂行するかを考えます。僕らのチームは惑星の地表に降り立ってから飛び立って素早く目標地点を目指すというコンセプトで、空を飛べるドローン型人工衛星の開発をすることに決めました。そこから、実際に機体の構造の設計、電気系統の設計、機体制御のフローチャート作成などを行いました。
プロジェクト中期
5月中盤~7月中盤までは実際に機体の構造や電気系統を形にし、させたい動きをじゃんじゃんコーディングで実装していくという期間でした。ドローンは都内では飛ばせないので、毎週末電車で広い千葉県の運動公園に行って実際に機体を飛ばす試験を行うことで構造、制御アルゴリズムに関して試行錯誤を重ねました。この期間から平日の授業後や休日をほぼ衛星開発に充てていた記憶があります。
この期間は「なんでうまくいくべきことがうまくいかないのか」、「なんでうまくいかなかったのにうまくいっちゃったのか」がよくわからない期間で、手さぐりで作業するような感覚があった一番精神的に辛い時期でした。また、チームでの開発は1+1=2とはいかず、認識の齟齬やキャパシティの不足によって1+1=1.2、さらには1+1=-1になっているような感覚もあり、制御班長としてはすごくもどかしい思いがありました。
その後7月終盤まではテスト期間のため一旦開発は中止しました。
プロジェクト後期
夏休みである8月から9月前半までは8月中盤に行われる能代宇宙イベントと9月中盤に行われるARLISSに向けて機体の設計や制御アルゴリズムを固め、試験でその動作を確認する期間でした。その際順調にいかず大会までに開発が間に合うのか不安を感じた時期もありましたが、チーム全体として一つのゴールが見えた状態で開発を進めていくことはとても楽しく、やりがいがあるものでした。この頃からは構造、電装、制御間を跨いで問題点について議論し合い改善していくといった横断的で双方向的なやり取りをすることができ、一つの視点のとらわれずに物事を俯瞰することができてとても有意義でした。また、大会に向けてチームワークも高まり、チームマネジメントの重要性やリーダーシップ・フォロワーシップの重要性もひしひしと痛感しました。
国内大会(能代宇宙イベント)
開発の一つ目のマイルストーンとして、秋田県能代市で行われた能代宇宙イベントに参加しました。
この大会は60m×60mほどの小さいフィールドに50mほどの高さから衛星を投下してゴールを目指すというものでしたが、私たちのチームはゴールに至る前に墜落してしまいました。
能代宇宙イベントでは模擬衛星コンペティションだけでなく、宇宙に関連する企業による説明会や他チームとの技術交流もあり、この大会期間を通じて今まで漠然としていた宇宙業界への道のりが自分の中で少しずつはっきりしてきました。
海外大会(ARLISS)
アメリカネバダ州のブラックロック砂漠で行われた、模擬宇宙機開発プロジェクトの目玉であるARLISSに参加しました。
この大会では仮想の惑星を模した砂漠フィールドで実際にロケットを打ち上げ高度4kmから衛星機体を投下し、ミッションを行いました。砂漠は本当にあたり一面何もなく、まるで異世界に来たかのような気分でとても不思議な気分だったのを覚えています。結果から言うと、私たちのチームは制御アルゴリズムのミスや機体構造の脆弱性によってミッションに失敗してしまいました。
能代宇宙イベントと同様に他チームとの技術交流会もあり、自分たちの失敗の原因を反省したり、新たな技術的挑戦の可能性を得られる良い機会になりました。結果は振いませんでしたが、「異世界」で行われた大会を通じて、衛星開発のワクワク感を肌身で感じ、宇宙開発への憧れや宇宙業界を志す決意が固まりました。
結果面では満足いかなかったものの、砂漠での共同生活は楽しく、サバイバルしているような気持ちになれて刺激的でした。また、夜になると満点の星空を眺めることができ、冗談抜きで人生で一番美しい星空を見たと思います。
アメリカ国内での移動はレンタカーでしたのですが、アメリカの右側通行ルールや、赤信号でも右折(日本で言う左折)をしていいというルールにはなかなかなれず、ハンドルを握るたびにハラハラしました。高速道路は無料でしたが、周りの車の平均速度が体感120km/h(75マイル毎時)ぐらいでめっちゃ速かったのですごく怖かったです。
アメリカ旅行!
ARLISS自体は9月中盤なのになぜ活動期間が9月末までなのだろう?と思われた方もいらっしゃるかもしれません。それは、大会終了後にアメリカを1週間旅行していたためです。このチャプターでは私たちのアメリカ旅行について解説します。
リノ
カジノの街です。アメリカは21歳以上で成人なので、21歳以上からカジノで遊べます。ちなみに私は39ドル失って43ドル手にしたので、4ドルのめっちゃしょぼい勝ちでした。

空港にもカジノがありました
ヨセミテ国立公園
言わずと知れたアメリカの雄大な自然が楽しめる国立公園です。テナヤ湖という湖がとても綺麗で圧巻でした。
自由に移動できるので基本的にはレンタカーでの訪問をお勧めしますが、山道が長く、曲がりくねっているので運転には十分注意しましょう。また、公園への入場に35ドル必要ですので、注意してください。
夜に公園の近くのエアビで食べたBBQは衛星開発の疲れを癒してくれるようで本当に美味しかったです。

テナヤ湖です
サンディエゴ
空母を見に行き、航空宇宙博物館、メキシコ風の街並みが綺麗なオールド・タウン、野生のアシカを間近で見られるラホヤコーヴなどに行きました。メキシコに近いこともありタコスがもう絶品でした。街並みはとても清潔で、日本人観光客も多かった印象です。個人的にはアメリカに1,2回行ってLAやニューヨークなどをすでに周ったことある人はサンディエゴを訪れてみるべきだと思います。

オールドタウンはさながら『リメンバー・ミー』の世界観でした
LA
リトルトーキョー、ビバリーヒルズ、グリフィス天文台をはじめとしてJPL(NASAの傘下の研究所)を訪問したり、カリフォルニアディズニーランドで遊んだりしました。JPLでは現地の日本人の研究員の方々にアポをとってお話を聞いたり、実際に施設を回ることで宇宙開発の最前線を垣間見たりすることができました。カリフォルニアディズニーは入場料は東京より3倍ぐらい高いですが、その分?人が東京よりも少なめでたくさんのアトラクションを回ることができました。男の人は誰もカチューシャを被っていませんでした笑
LAも広いので基本的にはレンタカー移動が推奨です。しかし、駐車場が少ないので路駐をする必要があります。路駐はどこにでもしていいわけではないので、側道の色や標識に注意しましょう。

お金の話
正直に書くと、2つの大会に参加した場合開発費、旅費等諸々含めた費用の合計は80万円台になりました。ちなみに、チームごとの開発費援助である30万円は一人当たり約3万円になってしまうので、焼け石に水でした。
内訳を振り返ると出費が多かった原因は明らかでした。
- 余分に部品や機器を買いすぎた:電子機器や部品は基本的に高価なので、事前に予算をしっかり作って個数管理をしておくべきだった
- 普通に旅費や交通費が高い:夏休みに二つも大きな旅行をするうえに一つは遠く離れたアメリカなので、交通費や旅費は非常にかかりました。もちろん、LCCを使うなどある程度の工夫はしました。
- 観光で奮発しすぎた:やらない後悔よりやる後悔精神で欲張り観光をしたらいつの間にかテーマパーク代、レジャー代でものすごい額が飛んでいました。でも全く後悔していません笑
出費を減らす工夫としては、旅行先では自炊する、公共交通ではなくレンタカーを用いるなどが挙げられます。
おわりに:開発は困難の連続、でも振り返ってみると貴重な日々だった
参加してみて一番よかったのは、「宇宙開発したいなー」という漠然としたイメージが実際の半年間のチームでの開発、コンペティションへの参加や他団体や企業との交流を通じて、憧れを伴った明確な宇宙へのキャリアパスに変わったことです。
開発はもちろん一筋縄ではいかないどころか基本的にはうまく行きませんし、個人の問題ではなくチームの問題である分人間力が試される部分も多くありました。しかし、それを乗り越えてチーム一丸となってプロジェクトを遂行することで宇宙開発だけに役立つわけではないスキルや精神力、人を動かす人間力が培われたと思います。
今回はメインとして私が参加した模擬宇宙機開発について紹介しましたが、他の創造的ものづくりプロジェクトでもぜひチームマネジメントの奥深さを学び、うまくいってもいかなくても全力で楽しんで開発を進んでもらえればと思います!
参考
- 2026年度 創造的ものづくりプロジェクト:https://dee.t.u-tokyo.ac.jp/course/創造的ものづくりプロジェクト、創造性工学プロ/
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